言士 #05

 毎日、何らかの形でコロナと戦う日々の中、心が踊るような話を聞くことがある。そうかと思えば、心がちぎれそうな話も聞く。コロナのせいで優しさを失っているのか、それともそもそもの性格なのか、全く人間という生き物には失望させられる。そんな中、ブレない軸を持った人に出会うと涙が出そうになる。家具に情熱を注ぎ、その知識を追い求め、それでいて謙虚な姿勢を貫く姿は、私のくすんだこの目にも鮮やかに映る。木にこだわり、自然にこだわり、日本の将来を思い、職人たちの代弁者として私に説明してくれるその言葉のひとつひとつがズシリと重い。不可能を可能にしてきた日本の職人たちの技術と努力、それを素晴らしいと評価できる外国の目。聞けば聞くほど「職人」と呼ばれる人に憧れる。そして自分の仕事に対して謙虚な気持ちになる。仕事と名がつく以上、そこにはプライドや夢や気持ちが必要となる。そういえば私が写真を始めた頃、撮りたかった被写体が職人と呼ばれる人たちの目と手だった。そこに詰まったプライドを写し撮りたかった。そんな昔のことを思い出すほど、その話に注ぎ込まれた魂が、初心を思い起こさせてくれるのだろう。サラリーマン時代から現在に至るまでいろんな人を見てきた。サラリーマンだった頃も面接を担当していたせいか、人を見る時についつい目を見てしまう。目を見るのは当たり前だが、私が見ているのは「輝き」というようなモノだ。その人が人生を前向きに進んでいるか、誰かや何かのせいにして逃げているか、何も考えずぼんやり生きているか、確かではないが、何となくそれは目に出る。責任を持っている人の目は明らかに違う。焦点がしっかりと定まり、それでいて睨みつけているわけでもなく、見ている方が嬉しくなるような目をしている。そんな人に出会うことは滅多にない。どちらかといえば、無責任に言いたいことを言う人の方が多い。そんな人の目は、どこか違うところを見ているように焦点が定まっていない。無責任だから、人の話も聞かないし、興味もないのだから焦点が定まらないのも当たり前の話。家具の説明をしてくれた家具の伝道師の目は、責任に溢れた意識の高い眼差しだった。自宅に戻り、久しぶりに自分の目を鏡で見る。ハリをなくして垂れ下がった瞼の下に、まだ消えていない輝きを見つけた。こんな時代だからこそ、誰かを笑顔にできる仕事をしていることに、感謝とプライドを持って進む。そんな思いが腐りかけている目に輝きを与えているのだろう。今はまだ「私欲人」でしかないが、いつか伝える「職人」を目指して頑張ろう! そう思えた心が踊る出来事だった。

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